特定非営利活動法人しん
活動ライブラリ

3.11 東日本大震災 被災地への支援活動
2011.4.1〜4.2
岩手県 花巻市 〜 遠野市 〜 釜石町 〜 大槌町 〜 山田町 〜 宮古市
この日は、目標であった山田町へ向け出発しました。東北自動車道を花巻市まで
行き、遠野市を通って、釜石市に入りました。
釜石に入ると、次元の違う世界に来たような感覚に襲われました。港沿いの街は
言葉では言い表せないほどひどい姿に変わってしまっていました。
釜 石 市  街の状況が一変。港に近づくにつれ壊滅状態でした。
     信号は県外から救援に来た警察官の手信号でした。
同市両石地区 防波堤が壊れ、地区は女川同様何もなくなってしまっていました。
同市鵜住居  壊滅状態で、街は瓦礫の山になってしまっていました。
同市大槌町  壊滅状態で、街は瓦礫の山、町長も亡くなったということでした。
山 田 町  地震、津波、火事の被害に遭っていました。
     支援物資が仕分けもされずに倉庫に山積みになっていました。
宮 古 市  海沿いは壊滅状態で、避難所になった宮古小学校にまで津波が
     来た跡がありました。
釜石市両石地区 釜石市大槌町
前回同様、支援物資は、孤立している個々の方々へお届けしました。新品ではない
ことを説明してからお渡ししましたが、特にお菓子等の食べ物は喜んで受け取って
もらえました。
山田町では早速役場へ行き、知人の安否を尋ねましたが、確認できませんでした。
職員の方々も被災者なのです。役場は機能していませんでした。
山田町 宮古市
そうしているうちに夕方になってしまい、雪も降ってきたので泊まるところを探し
て宮古へ向かいました。宮古の駅前で営業しているお店があり、お店の方が親切に
対応してくださって、泊まれる所を探してくれましたが見つからず、車中泊を覚悟
していると、宮古小学校へ行ってみてはどうかと勧められました。私は被災者では
ないのでと断ると、この寒さでは大変でしょうと道を教えてくれました。

宮古小学校へ着き、事情を説明して校舎のどこでもいいので泊めていただけないか
とお願いすると、副校長先生が「遠くから大変でしたね。いいですよ。体育館にな
りますが、泊まっていってください。」と優しい笑顔でとても親切にしてください
ました。そして校舎の中に入れてもらえるだけでありがたかったのに「夕ごはんは
食べられましたか?」と言われたのです。私が「車の中にパンがありますから」と
言うと、先生は「準備させますから」と言ってくださいました。
食事を終え、アルミのシート2枚と毛布2枚をいただき、体育館へ向かうと、体育
館には100名以上の方が避難されているようでした。私は4班のグループに入り、
班長さんがいろいろと気遣ってくださいました。私が「明日の朝早く出発しますか
ら」と言うと、「8時には朝食が出るから食べていってください。ボランティアの
力が出ないでしょう」と反対に励まされました。
宮古小学校 止まった時計 宮古小学校 体育館
一夜限りでしたが、避難所の方々と一緒に過ごさせてもらったことは、私にとって
いつまでも心に残るであろう、とても貴重な体験になりました。
朝食をいただき、お世話になった方々にお礼を言って、体育館を出ようとしたとき
友達になった津軽石小学校3年生のH君が「また来てね」と言ったので「必ず来る
からね」と、次に来るときにマンガの本を持ってくることを約束して別れました。

帰りは、来た道を戻り、昨日訪れた場所を回ってみると、支援物資をお渡しした方
が、近所の方々に物資を分けていてくれたことがわかりました。
その後、お手紙をいただきました。
菅原さんからのお礼の手紙 山田町にて

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